東京バレエ団『ジゼル』横須賀芸術劇場公演・斎藤友佳理&木村和夫主演

東京バレエ団が『ジゼル』全幕の全国ツアーを展開している。9月8、9日に東京で催したアリーナ・コジョカル&ヨハン・コボーという英国ロイヤル・バレエ団のスターを招いての上演を経て、10日から首都圏近郊および地方での公演が始まった。主演はいずれもバレエ団キャストである。東京公演&全国ツアー共通の公演プログラムにバレエ団キャストに関する紹介記事を書かせていただいていることもあって全キャストをフォローしたいのだが、スケジュールの都合もあって叶わないのが残念。とはいえ4キャストのうち2キャストは観る予定。まずは9月12日、横須賀芸術劇場公演を観ることができた。ちなみに横須賀公演では主催者HPにおいて拙記事を転載していただいている。
いよいよ公演迫る…、魅力的なキャストで贈る東京バレエ団「ジゼル」横須賀公演に出演する主役ダンサー2人の魅力をご紹介します。
http://www.yokosuka-arts.or.jp/kouen/1209120/tokyob.pdf
ジゼル役は斎藤友佳理、アルブレヒト役は木村和夫。ふたりは先だって行われたジョン・クランコ振付『オネーギン』において神憑り的な名演をみせたばかりだ。斎藤にとって『ジゼル』のタイトルロールは『ラ・シルフィード』のそれと並んで得意中の得意とするもの。いっぽうの木村はアルブレヒト役を踊るのは今回が初めてである(発表会等ではあるのかもしれないが…)。斎藤は近年、ウラジーミル・マラーホフやセルゲイ・フィーリンのアルブレヒトと共演しており、その際にもそれぞれ感動的な演技をみせてはいるが、彼らは『ジゼル』に関しては斎藤同様に何度も踊りこんでおり一家言あろう。その意味では、齊藤と演技プランが真の意味で一致しているとは思えない印象もないではなかった。しかし、今回は、おそらく木村と何度もディスカッションを重ね、互いの思うところを腹蔵なく話し合ったのであろう。見事なパートナーシップと演技をみせた。
木村にはまず貴族らしい品がある。そして、ジゼルを愛しつつも深入りはしてはいけないという「迷い」もときに見せる。想いを内に秘め激情的に表出することはないのだけれども、その葛藤をたくまずうかびあがらせる。斎藤のジゼルには技術的にも表現面でも文句のつけようがない。アルブレヒトへの愛、踊りへの愛を隠さない純な少女ぶりのなかにときおり「死の影」を漂わせる。狂乱の場の最後近く、アルブレヒトはジゼルと抱き合おうとするが叶わずすり抜けていく。それゆえに木村アルブレヒトは己の非を知り、喪失感をあらわにするのだろうと納得がいく。第2幕では両者が寄り添い、分かち難い愛情を交わす。両者のユニゾンの音楽性はほぼ完璧に一致。木村は初役であり、また二人が『ジゼル』で組むのは当然はじめてになるが、そうとはとても思わない相性の良さをみせる。ミルタによって躍らせられる場での木村のアントルシャ・シスの連続はジゼルへの想いが満ちあふれ凄絶!死してなお分かち難い愛を貫くジゼルと、喪失の悲しみによってはじめて真実の愛を知ったアルブレヒトの思いが交差し、永遠の愛へと浄化される。激しく心揺さぶられた。『オネーギン』に続くまれにみる名演だった。
ヒラリオンは他日にアルブレヒトを踊る後藤晴雄、ミルタは田中結子。ともに主軸が好演。そのほかでは、ぺザントのパ・ド・ユイットに出た佐伯知香とドゥ・ウィリの奈良春夏が傑出していると感じた。佐伯は、肩から背中、腰に至るラインの美しさ際立つ存在であるが、それ以前にまず身体の軸がしっかりしている。よほどヘボなパートナーでない限り、サポートされながら回ったり、リフトされたりした際にもふらつくことはない。安定感抜群。ソリストのなかでは頭2つ、いや3つは抜きんでている。10月5日には宮城・石巻で長瀬直義と共演してジゼル役を踊るが、さぞや安心して観ていられる、そしてすばらしい踊りを見せてくれることだろう。奈良に関しては、『眠れる森の美女』カラボスや『ドン・キホーテメルセデスなどの印象が強くキャラター色の強い役に定評あるが、なかなかどうしてバレエ・ブランでも底力をみせる。今回もきっちりポジションを誤魔化さない精確さと音楽の流れに沿った流麗な踊りを見せてくれた。まだ、かなり若い。バレエ団の中核として期待される存在であるし、すでにその風格が出てきていると感じた。
あと付記しておきたいのは指揮について。全国公演10都市のうち6都市ではオーケストラ演奏となるが、指揮を担当するのが井田勝大。正確なことは知らないがおそらく30歳前後と非常に若い指揮者だ。すでに熊川哲也Kバレエカンパニーや東京バレエ団の公演で指揮を務め、今秋には東京小牧バレエ団『コッペリア』でも指揮を任される。バレエ指揮の第一人者のひとり福田一雄に師事しているが、若い有為な才能が経験を積んでいく場としても今回のツアーは貴重。横須賀の公演では彼がオケピに出てくると周囲の客席からおば様方中心に「若い!」と驚く声が聞こえた。バレエ演奏はたんなる伴奏ではない。踊りを制御しつつ音楽的にもまとまりのあるものを聞かせなければならないという職人技を要しつつ芸術的なセンスもプラスアルファで求められる。井田はその意味で伸びて欲しい存在であるし、いまのところどの舞台でも懸命に務めている。若く貴重な才能に対してバレエ・ファンもあたたかく見つめ育てていって欲しいと思う。
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http://d.hatena.ne.jp/dance300/20100831/p1


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