さまざまのバレエ&ダンス『くるみ割り人形』たち

このほどオーストラリア・バレエ団が3年ぶりに来日してグレアム・マーフィー版の『白鳥の湖』『くるみ割り人形』による東京公演を行った。古典バレエの名作をそれぞれ大胆な解釈によって装いも新たに創り直したもので、『くるみ割り人形』は全幕上演として本邦初上演。その『くるみ』がなかなかの異色作である。
オーストラリア・バレエ団「くるみ割り人形〜クララの物語」

舞台はオーストラリア。クリスマスといっても南半球なので真夏である。そこで年老いたロシア生まれ・育ちのバレリーナが夢のなかで回想をはじめる……。帝政末期のロシアでバレリーナとして活躍しつつ革命や戦争に翻弄され恋人をなくし、失意のなかディアギレフのバレエ・リュスに参加して世界中を旅してまわる。最後に行きついたのがオーストラリアの地だった――。オーストラリアに本核的なバレエが根付き発展していく前夜の物語。ひとりのバレリーナ・女性の激動の人生の物語。オーストラリア・バレエ創立30周年を記念して1992年に初演されたものだが、オーストラリア人でなくともバレエを愛するものなら、あらすじを聞くだけで誰しもが大いに感動してしまうだろう。
来春初演予定のマーフィー版『ロミオとジュリエット』の予告編

ところで『くるみ割り人形』の新演出というとマーフィー版以外にもいろいろある。マーフィー版同様の大胆な改訂といえば男性ばかりで踊られる『白鳥の湖』を大ヒットさせたマシュー・ボーン版。これは孤児院が舞台となるものだ。バレエ系とは違った舞踊語彙を用いミュージカルのような舞台も手掛けるボーンだが、彼は『白鳥の湖』同様にチャイコフスキーの原曲への深い敬意を感じさせる振付や解釈を行っている。


現代への読替え版ということでいえば現代ダンス畑のマーク・モリスによる『ハード・ナット』も知られる。バレエ系の振付家のものでは舞台がクリスマスではなくクララがバレエにあこがれる少女という設定のジョン・ノイマイヤー版あたりが異色作か。自身の少年時代を回想し母性愛で泣かせるモーリス・ベジャール版は東京バレエ団がレパートリーにしている名作。スターダンサーズ・バレエ団も上演しているピーター・ライト版は古典版からさほど離れていないが演劇的な解釈が深くセンスは現代的だ。


モーリス・ベジャール 「くるみ割り人形」 [DVD]

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国内でも各団体がレパートリーにしているが創意あるものを挙げていくと……。未見だが札幌舞踊会が坂本登喜彦の手掛ける現代版を何度か上演している。Kバレエカンパニーの熊川哲也版もホフマンの原作に近づけつつ設定にも変更を加えて創意あるバージョンといえる。松山バレエ団の清水哲太郎版は森下洋子の名演と切り離せないがゴージャスで重厚、独特の味わいはある。新国立劇場バレエ団も昨年、牧阿佐美が改訂版を手掛け、現代の新宿の街からはじまるオープニングが話題に。神戸の貞松・浜田バレエ団は「お菓子の国バージョン」「お伽の国バージョン」という2つの版を持ち、毎年両方上演を続けて今年で6年目となる。世界広しといえども類がないのでは。


熊川哲也 くるみ割り人形 [DVD]

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くるみ割り人形 THE NUTCRACKER 新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKS (バレエ名作物語 Vol. 4)

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今年もあれよあれよというまに秋になり、年の瀬も近づいてきた。さまざまの『くるみ割り人形』に接することのできる機会も少なくない。平均的な古典版の内容は他愛ないし(たしか「人畜無害のホームドラマ」といったシツレイな?人も……)、構成は単調であるが、チャイコフスキーの音楽の完成度は極めて高い。その心浮き立ち惑わせるような調べを聞きながら優れたバレリーナたちの踊りをみるだけでも幸せな気分で満たしてくれる。世知辛い世の中であるが今年も『くるみ』で一息ついて新たな年を迎えたい。