東京バレエ団「ダンス・イン・ザ・ミラー」公開リハーサル

逝去から早3年が経つ現代バレエの巨匠モーリス・ベジャールのレパートリーを多々擁するチャイコフスキー記念東京バレエ団が、ベジャール作品のアンソロジー「ダンス・イン・ザ・ミラー」を初演する(2月4日〜6日 於:五反田・ゆうぽうとホール)
これは、『現在のためのミサ』『舞楽』『未来のためのミサ』『ヘリオガバル』『バロッコベルカント』『M』『火の鳥』といったベジャールの名作の数々を“亡き偉大なベジャールへの祈りと、未来への希望”という構想のもと、モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)の芸術監督ジル・ロマンが新たに編み直すというもの。ベジャールの遺志を継いで完成させた『80分間世界一周』や2009年の「世界バレエフェスティバル」特別プロとして上演された「オマージュ・ア・ベジャール」等に続いて、ロマンがベジャールの振付と精神を受け継ぎつつ新たな物語を紡いでくれているものと期待されている。
開幕まで3週間を切った1月19日の夕刻、目黒・東京バレエ団スタジオで行われたリハーサルにお邪魔させていただいた。
この日見せていただいたのが、冒頭に上演されるという『現在のためのミサ』ソロ、アンサンブルの場面だった。『現在のためのミサ』は、1967年に20世紀バレエ団が初演したもので、今回が日本初上演という。宗教儀式・祈りを主題とし、力強くてサイケデリックピエール・アンリの音楽とのコラボレーションがみどころだ。ベジャール一流のダイナミックなダンスが次々に展開され、秘儀的な空間が立ち上がる。
1月の下旬に来日して最後の仕上げを行うというロマンに代わって今回振付指導を任されているのが那須野圭右(BBL)。2002年のBBL来日公演の際には、まだあどけない少年のおもかげもあったが、いまやカンパニーの中軸ダンサーだ。この日稽古場に入ったきた際には、眼光鋭く引き締まった顔をしており、芸術家として仕事師として充実期を迎えた自信が感じられた。ダンサーたちは本番同様のジーンズに白のスニーカーといういでたち。斎藤友佳理、井脇幸江、吉岡美佳、小出領子、高岸直樹、木村和夫、後藤晴雄らのプリンシパル勢、それに高村順子や佐伯知香、高橋竜太、松下裕次らソリストたちも勢ぞろいしている。芸術監督・飯田宗孝、バレエミストレス・友田弘子の見守るなか、那須野の厳しいチェックが入り、リハーサルが進行していった。
大人数の男女が登場し、多彩で変化に富む群舞が展開される。腰を落としたり寝転がっての動きや上半身を大きく使ったいわゆる“ベジャール振り”を駆使した振付と金属音や電子音楽による呪術的な響きが掛け算となる。男女のパ・ド・ドゥで埋め尽くしたユニゾンの迫力もさることながら「小走り」「ひざまずき祈る」といった印象的な振付も織り交ざってうねりを生む。ベジャール振付の魔力を改めて実感させられた。
鳥が翼を羽ばたかせるように両手を上下させる振付があるのだが、そこで那須野のチェックが入った。「手や肘でなく胸を起点にして大きく動かすように」。そうすると、より動きがいきいきとしたものへと変わっていった。那須野は、鏡の前の台の上に立ち足踏みしながらリズムを取るかと思うと、ダンサーの側まで行き細かな部分を修正する。全体の流れから細部に至るまでくまなくフォローする、緻密で熱心な指導ぶりだった。
リハーサル終了後、那須野と今回の作品で「進行役」として大きな役割を果たすという木村の話を聞いた。
那須野は今回、ロマンから振付指導を一任されたが「プレッシャーはない」と語る。ベジャール作品を踊ることで一番大切なものは?との問いに「エナジー」と即答。ベジャール作品を指導する際「形ではなく精神を伝える」ことが大事とも語る。バレエ学校時代から数えるとベジャールの晩年10年を共に過ごした那須野にとって、ベジャールの魂を伝えていくことは使命となっているようだ。「ジルやミッシェル(・ガスカール)のように、より深くベジャール作品の精神を伝えていけるようになりたい」と思いを込めて語ったのが印象的だった。
「進行役」を務める木村は、『火の鳥』(抜粋)のなかでタイトル・ロールを踊る。しっかりとしたテクニックと抜群の音楽性を誇る木村にとって十八番といえるが、毎回踊り終わるたびに「目の前が真っ暗になる」ほど精根を使い果たすという。今回は、那須野によるBBL版に基づく振付の指導も受けてさらなる高みを目指すことになる。これまでの豊富な経験を活かしつつ心機一転気持ちを新たにしての舞台を楽しみにしたい。
ベジャールは、もはやこの世にいない。不在の欠落感は観客だけでなく踊り手にも色濃いと思う。新作を得たり、直々に教わる機会が二度と失われてしまったのだから。しかし、今回の「ダンス・イン・ザ・ミラー」は、ベテランから若手まで東京バレエ団が心をひとつにしてベジャールのすばらしい遺産にあらためて取り組み、踊り継いでいこうとしていることが、リハーサルからもひしひしと感じられた。ジョルジュ・ドンとフレディ・マーキュリーに捧げられた『バレエ・フォー・ライフ』の、死の痛ましさの先に美しく生を肯定する終幕ではないが、The Show Must Go On!ベジャールの魂は、永遠に受け継がれる――。東京バレエ団とロマン、那須野らBBLの固い絆から生まれる、未来への希望に満ちたステージが繰り広げられる予感がする。開幕を心待ちにしたい。

photo:Kiyonori Hasegawa
上2点(『現在のためのミサ』)
中央(指導する那須野圭右)
下から2番目(『ヘリオガバル』上野水香&柄本弾)
一番下(『バロッコベルカント』パ・ド・トロワ、斎藤友佳理/吉岡美佳/井脇幸江)
提供:NBS 財団法人日本舞台芸術振興会

なお、NBS 財団法人日本舞台芸術振興会 公式HP用にも寄稿したが、主催者の了承えたうえで当ブログでもレポートさせていただいた。下記が、その寄稿記事。
NBS Web 東京バレエ団「ダンス・イン・ザ・ミラー」リハーサルレポート
http://www.nbs.or.jp/blog/news/contents/topmenu/post-294.html

ジル・ロマン「ダンス・イン・ザ・ミラー」を語る