vol.4 佐伯知香(東京バレエ団)

バレエ公演の華たるプリマ・バレリーナ。いま、日本で名前だけで観客の呼べるプリマ、毎回一定以上の水準のパフォーマンスを必ずみせてくれるプリマがどれほどいるでしょうか。大手団体中心にマスメディアも使って若手プリマの売り出しに躍起になっていますが、現状はなかなか難しいようです。スター性で客を集める存在は出てきていませんが、しっかりとした技術・表現力を持ったプリマは何人も出てきており末頼もしい限り。今回ご紹介する佐伯知香(さえき ちか)は、その代表的存在といえます。
佐伯は、映画「フラガール」の舞台として知られる福島県いわき市出身。内外のバレエコンクール入賞者を多数輩出する山本禮子バレエ団付属研究所に学び、横浜の木村公香アトリエ・ドゥ・バレエを経て2001年にチャイコフスキー記念東京バレエ団に入団しました。早くからソリスト役を務め、伸びやかで美しい身体のラインとチャーミングな演技によって熱心な観客や玄人筋に注目されてきました。小さな役でも必ずキラリと光るところをみせる逸材。開脚がしっかりし、体の軸も安定。基本に忠実に、誤魔化しのない正しいポジションから繰り出されるパの精確さラインの優美さは今の日本の若手プリマのなかでトップ・オブ・トップのひとり。『白鳥の湖』パ・ド・トロワ等では、しっかりソリストの任を果たし、愛くるしさ全開の『ドン・キホーテ』キューピッドは当たり役です。『ぺトルーシュカ』や『ドン・ジョヴァンニ』等ベジャール作品でも活躍しています。
全幕主役デビューは今年6月の『ジゼル』(学校公演・一般非公開)。遅きに失した感もあるかもしれませんが、私はそうは思いません。バレエ団が、メディアを使って大々的に若手の売出しを図るというのもひとつの方針でしょう。が、合わない役に就けたり時期尚早の抜擢を行ってダンサーのキャリアを潰すことにもつながりかねません。その点、東京バレエ団の場合、人材事情や時期によって例外はあるにせよ、基本的に若い踊り手を育てるに際して、着実にキャリアを積み上げさせる姿勢が顕著です。佐伯や先輩にあたる小出領子といった、決して派手さはなくても芯が強くしっかりとした技量を持った踊り手がプリマにまで育ったのも、そういう土壌あってこそではないでしょうか。
さて、話しが逸れました。佐伯は『ジゼル』の主演デビューに先駆けウラジーミル・マラーホフが指導するDVD「プレミアム・レッスン」シリーズ(新書館)の『ジゼル』『白鳥の湖』に長瀬直義と出演しました。マラーホフが伝えたいのは、技術面も大切ながら舞台とくに全幕バレエにおいては感情面・表現力が大事ということ。佐伯はそれを肌で感じて学んでいる様子が伝わってきます。主役デビュー前に貴重な体験ができたのは幸運だといえるでしょう。『ジゼル』本番の舞台は好評を博しました。そして次なる主演の舞台として設けられたのが11月21日に行われる東京バレエ団くるみ割り人形』です。
この公演は、アリーナ・コジョカル&ヨハン・コボーを招き3回上演されるのと並行して土曜日のマチネに「マイ・キャスト シリーズ」と称した特別枠の形式で行われるものです。先にも触れましたが、若手を全幕主演に抜擢するのは大変なリスクを伴うものです。大バレエ団であるほどに。その点、東京バレエ団では、一般公演よりもチケット代金も大幅に抑え、若い才能を応援する観客に集まってもらいやすいようにと広報・宣伝にも工夫を凝らしてアットホームな客席を作るように心がけていくようです。スターというものは作り出そうとして作られるものでなく、生まれるもの、いや、観客が育てていくもの。来年1月の『ラ・シルフィード』、2月の『シルヴィア』でも同様の試みが行われますが、先陣を切って今回、佐伯と松下裕次が主演を務めます。ちなみに公演の際に販売されるプログラムに佐伯と松下の魅力と今回の舞台への期待を記した一文を寄稿させていただきました(上記した『ジゼル』公演の舞台の模様にも触れています)。詳しくはそちらもご高覧いただきたいと思いますが、一観客としても心から楽しみにしている舞台です。今回上演される『くるみ割り人形』のヴァージョンはワイノーネン版なので、クララ役から金平糖の精までほぼ全編を通して佐伯が出ずっぱり。次代を担うプリマの才能が大きく花開く瞬間にひとりでも多くの方が立ち会って欲しいと心から願っています。
今後の出演予定舞台

平成21年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別推進事業)
東京バレエ団創立45周年記念公演8[マイ・キャスト シリーズ1]
チャイコフスキー記念東京バレエ団くるみ割り人形』全幕
●2009年11月21日(土)13:30/東京文化会館
【主演】クララ役
http://www.nbs.or.jp/stages/0911_nuts/mycast.html
【岩国公演】
●12月12日(土)14:00/シンフォニア岩国
【主演】クララ役
http://sinfonia-iwakuni.com/event/details.php?schedule_id=643

佐伯と松下裕次の対談記事が載った「クララ」最新号↓


Clara (クララ) 2009年 12月号 [雑誌]

Clara (クララ) 2009年 12月号 [雑誌]

マラーホフのプレミアム・レッスン1「ジゼル」↓

マラーホフのプレミアム・レッスン2「白鳥の湖」↓