ベジャールの遺伝子を受け継ぐ者たち〜小林十市、金森穣、東京バレエ団、風間無限

モーリス・ベジャールゆかりのアーティストの舞台を観る機会が続いた。
最初は小林十市×大柴拓磨によるダンスアクト『ファウストメフィスト』(12月15日 新宿BLAZE)。ベジャール・バレエ・ローザンヌで活躍した小林は腰を痛めバレエの舞台から遠ざかり、現在は役者として演劇中心に活動する。昨年末の東京バレエ団によるベジャール振付『M』において初演時に務めたシを2日間踊ってベジャール作品からの卒業を表明した。とはいえまだまだ身体は動く。『ファウストメフィスト』はダンスや演劇といった枠にとらわれず新しい挑戦をしたいと小林自ら動いて実現させた企画のようだ。
演出・振付には日本人男性としてはじめてパリ・オペラ座バレエ団と契約し、ボルドーオペラ座バレエ等ヨーロッパで活躍した大柴を迎えた。ゲーテファウスト」をモチーフに小林がファウストを、大柴がメフィストを演じる。最初、椅子に腰かけたふたりが軽妙なトークを繰り広げ、今回の舞台の出来上がった経緯が明らかになる。その後もダンスの合間に両者の対話が入る。大柴が小林にどういったものを踊りたいかと問うと、小林は太極拳や殺陣やヒップホップを挙げ実際に踊る。両者のダンスは掛け値なしにすばらしい。クールでかっこいいデュオ、小林の磁力十分なソロは一見の価値がある。
公演名・内容に関してはベジャール・バレエがベジャールの『我々のファウスト』を再演すべく動いていたことも頭をよぎって「ファウスト」が浮上してきたようだ。とはいえ具体的にベジャールの影響は見受けられない。トーク部分では十市ファンおなじみのスターウォーズネタをはじめ楽屋話めいたものも少なくなく、ちょっとどうかとも思ったし、さほど大きくないライブハウスが会場とはいえ全席指定7,500円という価格設定からし十市ファン以外には食指が動きにくかったはず。しかし、ジャンルや表現の壁を軽々と越えてマルチプルに活動する小林の新展開のスタートとして好意的に受け止めたい。
続いてはNoism1 & Noism2合同公演 劇的舞踊『ホフマン物語』(12月16日 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館)。Noismは日本で初めてといえる本格的な欧州スタイルの劇場付カンパニーであり、数々の企画を成功させダンスシーンに風穴をあけているのは周知のとおりだ。芸術監督・金森穣はルードラ・ベジャールローザンヌに留学しベジャールに師事、ルードラ・ベジャールローザンヌ学校公演にて処女作『You must know』を発表している。金森はベジャールへのリスペクトを折に触れ語る。
金森作品にベジャールの影響を見出すことができるのか——。ベジャールの死後に作られた『Nameless Hands〜人形の家』にはオマージュが込められた場面があるし、この夏「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」にて上演された『中国の不思議な役人』はベジャールも振付けており創作に際して意識したという。しかし、振付のボキャブラリーや演出に関して具体的にベジャールの影響を見出すことは難しい。詮索すること自体馬鹿げているともいえる。とはいえ、2010年夏に初演された『ホフマン物語』を観たとき、金森のなかにあるであろう「ベジャールの血」を感じずにはいられなかった。
オッフェンバック曲のオペラの台本と原作であるE.T.A.ホフマンの著した3つの小説を読み込んで完成させたオリジナル台本を基に展開される2時間の舞台には、劇場空間を非日常な祝祭的空間に変えるダイナミズムが充満する。生と死というテーマも秘められていよう。やや難解にも思われるが観客の想像力に働きかけ祝祭空間に巻き込むという点、生と死という人間にとって舞踊にとって根源的な主題が底流をなしている点に、ベジャールの創作姿勢と相通じるものがあるのではないだろうか。
『NINA〜物質化する生け贄』を皮切りに近年の『Nameless Hands〜人形の家』や『中国の不思議な役人』では、生け贄や人形、黒衣、そしてエロス・タナトスといった同様のモチーフが同曲異音で語られ、リンクしあい奥行きと広がりを獲得している。金森ワールド、金森の舞踊宇宙である。ベジャールは生涯にわたって膨大な数の作品を遺した。それらは大きな円環のなかに位置づけられる。広大無辺のベジャール芸術である。ベジャールを喪ったのは痛恨だ。けれどもベジャールの血を受け継ぐ若き巨匠の歩む道程に寄り添うことができる。その喜びを新たにした今回の新潟訪問であった。
最後は東京バレエ団の『ザ・カブキ』(12月17日 東京文化会館)。この公演に関しては寄稿する予定もあり詳しく触れない。1986年の初演から内外で170回を超える上演を重ねてきた東京バレエ団の代表作であるのは言うまでもないだろう。歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」のバレエ化であり、うわべだけのジャポニズムとは一線を画した日本文化への深い敬意が感じられる。今回は初演から四半世紀を経て冒頭の現代の場面の衣装と美術の一部が改訂された。所見日のキャストは由良之介:高岸直樹、顔世:上野水香。今回が高岸の日本での踊り収めになるという。翌日には、昨年4月公演で鮮烈な印象をのこした新星・柄本弾&二階堂由依が主演。来年5月にはパリ・オペラ座(ガルニエ)での上演が予定されている。末永く踊り継がれていくことを願いたい。
以下は余談めくがベジャール絡みの話題ということでお許し願う。東バと翌日に観た牧阿佐美バレヱ団の会場入り口で配布されていたチラシの束のなかに興味深いものが。3月に行われる東京小牧バレエ団の「被災地の復興を願って贈る鎮魂歌」公演のチラシに知る人ぞ知る踊り手の名がある。その名は風間無限。10歳のとき、東京バレエ団『M』(ベジャール振付)の再演時に三島由紀夫の少年時代を演じたことで知られよう。牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』にはフリッツ役として4年連続出演。天才子役の名をほしいままにした。その後東京バレエ学校ボーイズクラス第1期生となり溝下司朗、森田雅順に師事。ユース・アメリカ・グランプリ入賞後はドイツのジョン・クランコ・バレエ・スクールにスカラシップ入学する。卒業後はアメリカ・オクラホマ州のタルサ・バレエ団に入り数々の近現代バレエの名匠の作品を踊っている。2010年帰国後は話題の舞台『GQ』や川崎市岡本太郎美術館で上演された「TAROと踊ろう!」に出演して小気味いいダンスを披露している。今回出演する創作バレエ『マダレナ』は江戸時代、キリシタン弾圧の陰で散った若者の恋を淡く切なく描くもの。東北の寒村の青年マチアス役(主役)を演じるようだ。『M』の三島少年を演じてからから15年余り——。彼がどのような成長を遂げているのか興味を抱くベジャール・ファンも少なくないのではないか。
ベジャールの遺伝子は確かに受け継がれている——。そう実感した週末だった。


小林十市インタビュー収載


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